PHOTO MAIL DIARY
Evekiの写メ日記
Eveki
の写メ日記
最近、なんでも自動化されてる。
レジも無人。
注文もタッチパネル。
問い合わせはAI。
人と会話せんでも生きていけるぐらい
機械が全部やってくれる。
便利にはなってるんやけど、その反面
人間ってだんだん機械にまで
人格を感じるようになってきてる気がする。
この前、コインパーキングで
クレジットカード決済しようとした時の話。
カード差し込んだ瞬間
「シュバッ!」ってもの勢いで
カード吸い込まれて。
なんか
「この機械めっちゃ感じ悪いな」
って感じた。
別にただのモーター制御やのに。
でも人間って不思議で、
動きに性格を見てしまう。
逆に、反応が遅い機械には
「トロいなぁ」ってイラつくし
エラーばっか出る機械には
「今日機嫌悪いんか?」って思う。
最近はAI相手でもそう。
ChatGPTに質問した時
普段やたら優しく
「その視点めっちゃ大事ですね!」
みたいに返してくる日もあれば、
必要最低限だけ返してくる日もある。
もちろん
ただの文章生成なんやけど。
それでも人間側が勝手に
温度を感じてしまう。
たぶんこれって
人間が「相手を理解したい生き物」やから
なんやと思う。
本来ただの無機質なものにも
感情とか意図を読み取ってしまう。
昔の人が
ぬいぐるみに名前つけたり
車に愛着持ったりしてた延長線上に
AIがいるんかもしれへん。
そのうち、
「今日のAIちょっと冷たい」
とか言いながら
AIに機嫌取りする時代くるんかな。
でも、そうやって機械にまで
感情を見出してしまうのって
少し人間らしくて嫌いじゃない。
女風の仕事してても思うけど
人って結局
反応に安心する生き物なんやと思う。
ただ話を聞いてほしいんじゃなくて
そこに温度があるかを見てる。
だから、どれだけAIが進化しても
最後に求められるのは
ちゃんと人を感じられるか
なんかもしれへんなと思う。
Eveki
「1時間弱で着きます」
この言葉で世代間戦争が起きてるらしい。
昭和世代は
1時間に少し足りないぐらい
って意味で使ってて
若い世代は
1時間とちょっと(70分くらいか)
って受け取る人も多いらしい。
つまり、同じ日本語なのに
お互いまったく逆の時間を想像してる。
怖すぎるやろ。
でもこれ
ただの国語問題じゃない気がする。
言葉って
辞書の意味で会話してるんじゃなくて
自分が育ってきた空気で会話してるんやと思う。
たとえば、「考えとく」もそう。
前向きな保留の時もあれば、
ほぼ断り文句の時もある。
「また連絡するね」
なんか都市伝説やと思ってる。
日本語って情報を伝える道具というより
察する文化に近い。
だから世代が変わるとズレるんだと思う。
しかも面白いのが
みんな自分が普通やと思ってること。
「1時間弱=1時間未満やろ!」
って人も、
「いや1時間ちょっとやろ!」って人も
別に悪気があるわけじゃない。
ただ自分の世界ではそれが自然やっただけ。
SNSが当たり前になって
今まで交わらなかった世代や価値観が
一気に混ざるようになった。
だから最近、話が噛み合わない
ことが増えた気がする。
でも、それって少しだけ面白いなとも思う。
昔なら出会わなかった価値観に
今は毎日触れられるから。
女風でも言葉の受け取り方って
ほんまに人それぞれで。
軽い一言で安心する人もいれば、
逆に不安になる人もいる。
だから結局、大事なんは
「正しい言葉」より
ちゃんと相手を見ようとすること
なんやろなって思う。
Eveki
最近、読んでた本に
気になることが書いてあった。
「時計をひとつ持ってる人は今が何時か分かる。
でも時計をふたつ持ってる人は確信が持てなくなる。」
リーガルの法則って呼ばれてるらしい。
昔は
「選択肢は多い方がいい」って思ってた。
でも大人になるほど
人間って案外情報過多で
動けなくなる生き物なんやなって思う。
SNSを開けば
成功してる人の考え方が流れてくる。
「筋トレしろ」
「休め」
「副業しろ」
「会社員が最強」
「恋愛は追うな」
「追わせろ」
「毎日パック(顔のね)した方がいい」
「毎日パックすると肌が乾燥する」
いや、もうどっちやねん。
全部それっぽいし
全部、ある意味では正しいんだと思う。
でも時計が増えすぎると
結局、今の自分が何をしたいかが
分からなくなる。
みんな正解を探しすぎなんだと感じる。
失敗したくなくて、比較して
調べて、考えて
結局なにも始められへん。
でも最近思う。
人生って
「絶対に正しい時計」を探すゲームじゃなくて。
自分が信じる一本を決める勇気なんかもしれへん。
もちろん、間違うこともある。
ズレることもある。
でも、自分で選んだズレって
案外ちゃんと愛せたりする。
女風の仕事でも似てるなと思う。
色んな人の恋愛論とか男性論とか
テクニックを知れば知るほど
逆に人と向き合えなくなる瞬間がある。
だから結局最後はマニュアルじゃなくて
「この人をちゃんと見よう」
って気持ちが一番大事なんやと思う。
時計を増やしすぎるより
誰かと同じ時間を過ごせる人でいたい。
Eveki
「倍速視聴はありか?」
というタイトルの動画を見ていた。
最近って何をするにも倍速やなと思う。
動画は1.5倍。
音声は飛ばし聞き。
TikTokは数秒で判断。
「面白くなるまで待つ」
って感覚がどんどん減ってる。
でもこれって
集中力がなくなったというより
単純に選択肢が増えすぎたんやと思う。
昔は、限られた作品をじっくり味わう時代。
今は逆。
まず大量の中から
自分に合うものを探す作業から始まる。
だから流し見も、ながら見も
ある意味すごく合理的。
「国宝」の脚本を書いた奥寺さんって方は
「倍速視聴されることも想定して脚本を書いた」と言っていた。
実際、ボクもタイトルの動画を
1.5倍速で見てこの日記を書いてる
でも不思議なのが
本当に面白いものに出会った時って
自然と手が止まる。
気づいたら倍速解除してる。
結局、人って心が動いたものには
ちゃんと時間を使うんよな。
今って、SNSを開けば
毎日大量の情報が流れてくる。
セラピストもたくさんいるし、
投稿も山ほど目に届く。
正直、全部じっくり見るなんて無理やと思う。
だから最初は、流し見でもいい。
なんとなくプロフィール見て
なんとなくポスト読んで
なんとなく気になって。
それぐらいの入口で全然いい。
でも、そのなんとなくの中で
「あ、この人なんか違うな」
って思ってもらえた時に初めて人は立ち止まる。
ちゃんと読む。
ちゃんと会話する。
ちゃんと時間を使う。
倍速だらけの時代やからこそ
誰かとゆっくり話す時間って
案外かなり贅沢なんかもしれへんなと思う。
Eveki
最近、「給食で何が1番好きやった?」みたいな
どうでもいいけど妙に盛り上がる話をしていた。
ちなみにボクはワカメごはん。
逆に、みんながよく言う揚げパンは
何故かウチの学校では出てこなかった。
今だに都市伝説のようなもんやと思ってる。
あとカレーはBSE(狂牛病)問題以降献立から消えた世代です。時代が出る。(年齢は詮索しないように。)
そんな話をした後に思った。
学校って
「何を食べるか」は教えてくれるのに
「どう食べるか」は
あんまり教えてくれへんよなって。
栄養バランスとか
三角食べとか
感謝して食べましょうとかは習う。
でも、誰かと食べる時に
どう空気を作るかとか。
店員さんへの態度とか。
相手のペースを見ることとか。
スマホばっか触らへんとか。
そういう
食事の時間そのものについては
案外、誰も教えてくれない。
でも大人になると
食事ってめちゃくちゃ人柄が出る。
食べ方の綺麗さだけじゃなくて
会話のテンポとか、注文の仕方とか
「これ美味しいね」って
自然に共有できる感じとか。
逆に、どれだけオシャレでも
食事の時間が雑な人って
なんか一緒にいて疲れてしまう。
たぶん食事って、
空腹を満たす時間というより
相手への関心が
1番見える時間なんやと思う。
女風でも
食事って実はかなり大事やなって思う。
高級店を知ってるとか
スマートにエスコートできるとか
もちろんそれも素敵やけど。
それ以上に、
「ちゃんと一緒に食べれてるか」
の方が大事な気がする。
緊張してる相手を自然にほぐしたり
無理に喋らせへんかったり
その人が心地よく過ごせる空気を作ったり。
そういう細かい部分に、
結局その人の優しさって出る。
料理より先に
空気を美味しくできる人でいたいなと思う。
Eveki





